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 この1年、皆様如何お過ごしでしたか。この5月に、W29の竹村 皎先輩の訃報に接し、大変辛い思いを致しました。ご冥福をお祈り申し上げます。それでは、本題に戻らせて頂きます。
 その1)双友会が始まったのは何年か、いろんな文献を調べても、なかなか見つけられなかったのですが、この名前に命名して頂けた方は分かりました。それは初代機織科科長であった『柴田才一郎』先生です。また、双友会初代会長でもありました。双友会の始まった年は確定できませんでしたが、名古屋工業会がスタートしたのは1915年ですので、この年以前に誕生しているものと思われます。その誕生した時から双友会と言われています。今まで、先輩方や先生方から会名の説明を受けた事は有りませんが、小職の理解しました事を少し説明させて頂きます。単科としての略称は『W』です。しかし、この2Vではなく、ダブリューであり、ゆっくり発音すればダブル、ユー、2Uつまりダブルは『双』で、ユーは『友』と漢字に置き換えたのではないかと推察します。略称は『W』ですが、イギリスやアメリカではUを二つ続けた『Ɯ』を用いているものを見ます。因みにテニスで有名なウィンブルドン大会の大会旗は『Ɯ』になっています。
 その2)毎年4月の関西双友会総会と6月の東京双友会総会の折に、出席者の方にお配りしている卒業生の就職先リストについて、今から90年以上前の記録が見つかりましたので、少しお話したいと思います。
昭和2年5月(1927年)時点で、紡織科卒業生362名の会社別就職先(単位:人)
(科名変更 機織科→紡織科 大正2年)
  • 東洋紡 30
  • 鐘紡 16
  • 大阪合同紡 13
  • 大日本紡 12
  • 倉敷紡 10
  • 豊田紡 8
  • 和歌山紡 7
  • 日清紡 6
  • 日本毛織 6
  • 三井物産 4
  • 大倉商事 3​
      他​
(出典:『ゴキソ』VOL XXII: No.2 p24)
以上の中で、今も卒業生の方が就職されているのは、東洋紡、トヨタ紡織、日清紡、ニッケ(日本毛織)、三井物産等です。
​会長 森川民雄(W45)
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